夏の汗 たくさんかいて、暑さに備える(2006年6月11日、朝日新聞)

※2006年6月の朝日新聞の発汗に関する記事です。竹内秀樹が一部編集して転載させていただきます。

汗と健康の関係

汗ばむ季節がやってきた。汗は不快で、においの元と嫌われがちだ。しかし、汗は健康に密接にからんでいる。汗を知り、梅雨も夏も乗り切ろう。

大橋俊夫・信州大医学部長

汗と尿の違い

汗はよく尿と比較され、体にとっていらないものと思われがちだ。だが日本発汗学会理事長を務める大橋俊夫・信州大医学部長は「全くの誤解です」と力説する。

不要物ではない

尿は、腎臓でこし出された尿素やクレアチニンなどの老廃物を含み、体外に出す必要がある。 一方、汗の役割は皮膚の表面で蒸発し、蒸発潜熱が体熱を奪うことで体温を一定に保つこと。汗の水分や成分は血液からつくられたもので「決して不要物でも汚いものでもありません」と大橋さん。

人間の汗腺の数は約400万~500万
人種の差はない

人間の汗腺の数は約400万~500万で、人種や地域で差はない。ただ、汗腺には実際に働く「能動汗腺」と一時的に働きを止めている「休眠汗腺」があり、その大まかな割合は暮らしている環境によって、3~6歳ごろまでに決まる。

休眠汗腺と能動汗腺

「その後も、頻繁に汗をかけば休眠汗腺が能動汗腺に変わるといった微調整機能が体に備わっているのです」と、五味クリニック(東京都新宿区)の五味常明院長は話す。気温が上がる梅雨時から汗をかけば、能動汗腺が増える。こうして暑い季節に対する体の準備が整うのだという。

冷房でベトベト汗に

しかし、最近は冷房完備で、能動汗腺が十分に増えない体で夏を迎える人が増えているという。五味さんは経験から「そんな人の汗は水分が少なく、しみ出した血液の成分の割合が多い『ベトベト汗』になり、体臭の原因となる」と考えている。

能動汗腺を増やしてサラサラ汗に

今ごろから汗をかくことをいとわず、能動汗腺を増やしておけば、夏場の汗も水分の多い「サラサラ汗」で蒸発もスムーズ、においや不快さもより少ないという。

汗をかけないと熱中症に

機能の衰えや水分の不足で汗をかけなくなると、熱中症になりやすくなる。

慶応大学病院スポーツクリニック

「もし人間に汗をかく機能がなければ、体温を一定に保てるのは、気温31度が限界と言われています」と慶応大学病院スポーツクリニックの石田浩之医師はいう。炎天下の作業や室内スポーツでは、汗にしたたり落ちてもらわなければならないのだ。

厚着でやるスポーツは、汗が蒸発しない

温度、湿度が高く、体の水分が足りないと、体温が上がり、熱中症になる危険性がある。予防には、こまめな休息と水分補給。意外に見落とされがちなのが、アメリカンフットボールなど厚着でやるスポーツ。「汗が蒸発しないので特に注意が必要」という。

水分補給には、薄い塩水かスポーツ飲料

体温が異常に高いのに汗をかかず、意識がもうろうとしてきたら要注意。「涼しい場所に移して水分を補給。そしてすぐ医療機関へ」と石田さん。水分補給には、薄い塩水かスポーツ飲料がいい。熱けいれんなどでは血液中の塩分濃度の低下が原因の場合もあり、そんな場合に水だけを飲ませると逆効果になるおそれもあるからだ。

ダイエット
無理に汗をかいても水分補給をすれば体重は戻る

ダイエットなどを目的に、わざと厚着で運動し、汗をかく人がいるが、石田さんは批判的だ。「無理に汗をかいても水分補給をすれば体重は戻る。長い目で見れば、涼しい格好で長く運動を続けた方が、効果は高いはずです」

緊張したときの汗

暑いとき以外にも汗をかく。たとえば緊張したときに手のひらにかく汗。大橋さんによると、人類の祖先が狩りで物をつかむ場合などに必要だった機能の名残だ。

辛さの刺激を脳の温度上昇と錯覚

辛いものを食べた時に目の下に汗が浮かぶ。脳の温度を保つ役割を持つ脳静脈洞と目の下にある静脈がつながっている。辛さの刺激を脳の温度上昇と錯覚、温度を下げようとする反応が汗として表れる、と考えられているという。

良い汗をかくための汗腺トレーニング
〈浅いふろの場合〉

高温手足浴

熱いふろ(43~44℃)にひざ下とひじから先だけを10~15分間浸す

〈深いふろの場合〉

微温浴

ぬるいお湯(36℃前後)にコップ半分くらいの酢を入れて全身浴または半身浴で入る

ふろ上がりの汗の乾燥

汗をきちんとふき取り、リンゴ酢や黒酢、クエン酸の入ったドリンクで水分補給をしながら体を休める

(いずれも五味院長の研究から)

代償性発汗の悩み(2007年12月22日、琉球新報)

多汗症の手術「交感神経切除」の結果

手のひらからしたたり落ちるほどの汗をかく多汗症の手術「交感神経切除」をした結果、腹や背中などから大量の汗をかく「代償性発汗」に悩む人たちが「ひまわりの会」を結成、集いを続けている。中には、自身の汗の悩みを周囲には打ち明けられず、仕事に就けない人や1日に5、6回入浴する人も。悩みを共有することで、気持ちも軽くなるという。メンバーは「悩みを抱えている人はもっと多くいると思う。会に参加してほしい」と呼び掛けている。

ひまわりの会~沖縄

ひまわりの会は3年ほど前に結成。精神的な苦痛で悩みを共有したいときなどに互いに連絡し、不定期で集まっている。沖縄県南部地区でこのほど開かれた集いでは、過去に手術を経験した20代から60代までの13人が悩みを打ち明けた。

初めて参加する人は「同じような悩みのある人に初めて会えてうれしく思う」などとホッとした表情。「汗が気になっておしゃれができない。汗が目立たない素材の服の種類が豊富になってほしい」と若い参加者。

厚生労働省に被害実態調査を求める

「手術をしてよかったという人もいるようだが、自分自身はやらなければよかった」と話し、厚生労働省に対して「被害実態を調査し、把握してほしい」と求めるメンバーも。

1日5、6回シャワー

Nさん(60)=那覇市=は「1日5、6回シャワーに入らなければ仕事ができない。元の体に戻りたい。これ以上被害者を増やしてほしくない。この手術自体をやめてほしい」と話し、手術をしたいと言う初参加者に手術後の自身の症状について説明した。

東京医科歯科大学教授・皮膚科

横関博雄日本発汗学会常任理事(東京医科歯科大学教授・皮膚科)によると、米国では多汗症の治療ガイドラインを作成、重症度に合わせて治療することになっている。横関常任理事は「塩化アルミニウム外用療法、イオンフォレシース療法などの順で治療することになっており、基本的に(手術をしない)保存的治療法を推奨している」とし、手術は重症例の場合だけを勧めている。

局所多汗症の治療法(2012年8月13日、朝日新聞)

竹内秀樹による朝日新聞の転載です。

原因は、交感神経の活発化

手のひらや足の裏、わきの下といった体の一部から、汗がたくさん出る「局所多汗症」。重症だと、手の汗で携帯電話が壊れたり、販売などの接客業が続けられなかったりして生活に影響がでる深刻な病です。ただ、どこに相談すればよいのかわからずに悩んでいる人も多いようです。

汗を分泌するエクリン汗腺

多摩南部地域病院(東京都)の藤本智子皮膚科医長によると、汗を分泌するエクリン汗腺は、全身に計300万~400万ある。多汗症の場合、汗腺の数は普通の人と変わらないが、活発に汗を出す割合が高い。1分間に1平方センチメートルあたり0.5ミリリットル以上の汗が出ると局所多汗症。1ミリリットル以上だと重症と診断される。他の病気が原因の続発性と、そうでない原発性とがある。

なぜ汗腺の働きが盛んなのか。「交感神経の活動が活発になるから、と考えられているが、はっきりとは解明されていません」。

塩化アルミニウム溶液を体に塗る

治療には、約20%の塩化アルミニウム溶液を使い、汗が多い部分に塗る。アルミニウムが汗の出口をふさぐ詰め物のような役割をするという。「手順をふんで治療すれば約7割は症状が改善します」と藤本さん。ただ、やめると元に戻ってしまう。また、かぶれやすい人は続けられないこともある。

イオントフォレーシス(通電療法)

この治療で治らない場合は、汗腺の水分の通り道をブロックするイオントフォレーシス(通電療法)や、ボツリヌス毒素を注射する治療法もある。

手のひらの局所多汗症は国民の5%以上

厚生労働省研究班の推計では、手のひらの局所多汗症は、軽い人を含めて国民の5%以上。一方、医療機関を受診する割合は、その1割以下だった。藤本さんは「日常生活で困っている方は恥ずかしがったり、あきらめたりする前に、ぜひ皮膚科などを受診してください。症状に合った治療法があります」と話す。

日本皮膚科学会

藤本さんらと一緒に、日本皮膚科学会の原発性局所多汗症診療ガイドラインをつくった、しのみやクリニック(東京)の四宮滋子医師は精神科医の立場から、多汗症の患者を診察している。

不安や緊張など精神的な原因で交感神経が刺激され、手のひらや足の裏からの汗の量は増える。では多汗症の人が不安が強く、緊張しやすい人かというと、そうではないという。

体質的なもの

四宮さんは「緊張するから汗が出るのではなく、9割は物心ついた頃から汗が多く、体質的なもの。『また汗が出てしまう。どうしよう』という焦りが汗を増やす悪循環を生むのです」。塩化アルミニウム溶液を使った治療などで汗の量を減らすと、多くの患者は不安も減っていくという。

「心の病でないとわかり、ほっとすることでも汗は減ります。汗を減らす治療を試して」と助言する。

発汗異常外来

発汗異常外来がある東京医科歯科大皮膚科のホームページ(https://www.tmd.ac.jp/med/derm/index.html)では治療法も紹介。
日本発汗学会(https://hakkan-gakkai.com/)は発汗異常に詳しい医師の情報などを掲載している。